11年以上いびきを録音しながら、様々な対策を続けてきました。
最近、昔の記事を読み返していてふと思いました。
「そういえば、いつから私はいびき対策を習慣として続けるようになったのだろう?」
今回はそんなことを考えてみたいと思います。
最初は習慣ではなかった
もちろん最初から習慣だったわけではありません。
新しい対策を見つけては試し、
期待した結果が出なければやめる。
そんなことを繰り返していました。
当時は、
「これで改善するかもしれない」
という期待の方が大きかったように思います。
そのため、対策そのものに意識が向いていました。
気付けば録音が当たり前になっていた
今振り返ると、大きな変化は録音でした。
最初は結果を確認するために始めた録音ですが、いつの間にか生活の一部になっていました。
寝る前に録音をセットする。
朝になったら確認する。
特別なことをしている感覚はありません。
歯を磨くのと同じような感覚です。
習慣というのは、こういうものなのかもしれません。
続いている工夫は意外と地味だった
最近、舌固定マウスピースの記事を読み返していて気付いたことがあります。
今も続いている工夫がいくつかありました。
例えば、
- 舌との接触部分を保護するための絆創膏
- 舌の状態を見ながら設ける休舌(たん)日
です。
どちらも劇的な改善をもたらす方法ではありません。
しかし、続けるためには大切な工夫でした。
振り返ってみると、長く残る工夫は意外と地味なものばかりです。
「効くか」より「続くか」
昔の私は、
「この対策は効くのか」
ばかり考えていました。
もちろん今でも効果は気になります。
しかし11年間続けていると、
「続けられるのか」
も同じくらい重要だと感じるようになりました。
どれだけ効果があっても続かなければ意味がありません。
逆に、大きな変化がなくても無理なく続けられる工夫は長く残ります。
習慣になった瞬間は分からない
面白いことに、
「今日から習慣になった」
という日は思い出せません。
気付いたら続いていました。
録音もそうです。
いびき対策もそうです。
絆創膏も休舌日もそうです。
小さな工夫を積み重ねていたら、いつの間にか生活の中に入り込んでいました。
おそらく習慣というものは、そんなふうに作られるのだと思います。
まとめ
私のいびき対策は、最初から習慣だったわけではありません。
試行錯誤を繰り返しながら、少しずつ今の形になりました。
そして今振り返ると、
- 録音を続けること
- 無理をしないこと
- 小さな工夫を続けること
が長く続く理由だったように思います。
11年間録音を続けてきましたが、今ではいびき対策そのものよりも、
「続けられる形を作ること」
の方が大切だと感じています。
関連記事
- いび記㉞ 11年間いびきを録音してわかった「1日だけの検証の危うさ」
- いび記㊴ いびき対策で一番後悔していること
- いび記㊵ Re:⑥ 今のいびき対策とその効果 今読み返して思うこと
- いび記㉚ マウステープでいびきは改善したのか?
- いび記㉙ ノーズクリップの録音データで検証した結果

コメント